東京の商社から奄美大島への越境研修参加者が葛藤しながら得た新たな視座 「地域創生って、そんなに単純じゃなかった」
2024年11月28日(木)
「新規事業を始めたいけれど、社内に新しいことを行う風土が薄い」「イノベーション人材を育てたい」……。
企業が抱えるそんな課題に応える研修として、近年注目されているのが「越境研修」です。
JALグループの商社機能を担う株式会社JALUX(ジャルックス、以下JALUX)では、2024年7月、地域創生推進部の20代社員5名の参加のもと、奄美大島での3泊4日のフィールドワークを中心とする越境研修を実施しました。この研修は、ふるさと兼業越境研修プログラム「シェアプロ」として、奄美大島を拠点とする一般社団法人E’more秋名が現地でのコーディネートを担当、NPO法人G-netが事務局としてサポートしました。
今回の記事ではそのプログラムの概要をご紹介するとともに、参加者たちが研修中、そして研修の前後でどんなことを感じ、考えたのか、リアルな声をお届けします。
※ JALUXでの越境研修導入の狙い、企画者や上司の感じる効果などについてはこちらの記事をご覧ください
1 今回実施した、奄美大島での越境研修の概要
◯越境研修・越境学習とは
越境研修で行う「越境学習」とは、所属する組織の「枠」を超え、双方を行き来することで、視野が広がり、価値観の揺さぶりや葛藤を経て、知の探索や内省を深めることをいいます。
『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』などの著書のある法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授は、越境学習を「自分にとってのホームとアウェイを行き来することによる学び」と定義しています。
NPO法人G-netでは、2017年から東海地域で実践型越境研修プログラム「シェアプロ」を開始。2023年からは全国11地域と連携し、ふるさと兼業越境研修プログラム「シェアプロ」を展開しています。
ふるさと兼業越境研修プログラム「シェアプロ」は、地域中小企業・団体の事業推進・経営革新プロジェクトに期間限定で取り組む、越境学習をベースとした実践型人材育成プログラムです。大手企業社員等がチームを組んで地域課題解決、地域創生の現場に越境し、新たなイノベーション創出に取り組むことで、人材の成長と地域課題解決を両立することができます。
現在、主に、1泊2日~3泊4日程度の現地滞在を中心とした「フィールドワーク型」と週4~8時間程度、4~5か月間にわたり地域企業の課題解決プログラムに取り組む「実践型」の2つのプログラムを用意しています。
◯株式会社JALUX(ジャルックス)について
JALグループの商社であるJALUXは主に「航空・空港」「ライフサービス」「リテール」「フーズ・ビバレッジ」の4領域で事業を展開しています。
今回研修に参加したのは、リテール事業本部地域創生推進部の5名です。
地域創生推進部では、全国各地の生鮮・銘産品を百貨店・量販店などに産地直送ギフトとして提供したり、2020年から「JALふるさと納税」事業を展開したりしています。
2024年4月に部署の名称を「食品流通部」から「地域創生推進部」に変更。今後のミッションの一つに、JALグループの持つ航空輸送のノウハウを活かした、地域創生をテーマとする新規事業の創出があります。
◯今回の研修のねらい
今回の研修のねらいは、以下のように定めました。
「地域創生推進部」として、真に地域課題解決に資するソリューション開発を目指すにあたり、地域現場の実態や課題とその課題に挑む実践者の姿勢やリーダーシップ、イノベーションマインドに出会い、個人そして会社(チーム)として目指すビジョンに対する解像度を高め、具体的なアクションや動き方を考える
ただ視野を広げ、イノベーションへの刺激を受けるだけのものではなく、参加者は地域創生推進部の抱えるミッションを頭に置いて参加できるようなコンテンツ構成としました。
JALUXでの越境学習導入の経緯はこちらの記事をご覧ください。
◯研修の概要
・事前研修(オンライン)
地域の紹介、マインドセット、目的の設定等
・フィールドワーク実践
7月下旬に3泊4日のフィールドワークを奄美大島にて実施。
プログラム:フィールドワーク「集落歩き」「稲作体験」「森林散策」「シーカヤック」、ゲストトーク、ワークショップ(個人ワーク、グループワーク)、地域の方達との懇親会等
・事後研修(オンライン)
振り返り、内省、気づき学びの共有、アクション目標設定等
・社内報告会
学びの共有
◯ゲストトーク
・一般社団法人奄美稲作保存会 代表 小池弘章さん
自然栽培の米作りを行い、奄美の稲作文化や地域文化の継承を目指している。
・結人株式会社 代表 白畑瞬さん
・一般社団法人E’more秋名 代表 村上裕希さん
秋名・幾里集落を将来につなげるため、奄美の暮らしぶりを伝えながら地域課題解決を目指す
2 参加者の声
今回の研修には、地域創生推進部の20代、入社2〜7年目の社員が参加しました。2024年9月に行われた報告会での、参加者たちのリアルな言葉をご紹介します。
研修参加者
・ソリューション営業課 加藤由紗さん
・ソリューション営業課 金澤章太郎さん
・食品企画営業課 濱崎葵さん
・ふるさと納税課 山口深咲さん
・ふるさと納税課 井上彩果さん
登壇者の左から加藤さん、金澤さん、濱崎さん、山口さん、井上さん、ファシリテーターの経営企画部イノベーション推進課主任・安部大二郎さん
(1)研修前に考えていたこと
金澤:研修参加が決まったとき、仲のいい先輩や同期、後輩から「奄美に遊びに行くらしいですね」と言われました。正直なところ、私自身も強く否定できず、「行く意味があるのかな」と思ったこともありました。
しかし、事前研修を受講する中で、本土から奄美に移住して事業に取り組んでいる方が講師をされると伺い、東京に住んでいる私からすると、なぜわざわざ移住して、それもなぜ奄美大島で、そこまでモチベーション高く心を燃やして取り組み続けているのだろうと、素朴な疑問が浮かんだのです。それに対して腑に落ちる回答を見つけることを個人的なテーマとしました。
(2)現地で体感したこと
<1日目 集落歩き>
山口:印象的だったのは、フィールドワーク「集落歩き」で見た空き家でした。
研修生の間では、リノベーションをして古民家カフェにすればいいのではないか、取り壊せばいいのではないかなどの意見が出ました。
ただ、話を聞いて金銭面や登記の問題、また外部の人が押し寄せることで島の方々の日常がおびやかされてしまうのではないかという不安の声があることを知りました。
島の方々にとって自分たちの生活が一番大事であり、空き家をリノベーションすることで多くの観光客が訪れ、それにより日常に変化が起きてしまうことを危惧されていました。
私たちは商社として利益を生み出さなければいけないという使命があり、どうすれば島の方々の想いを形にした上でビジネスに繋げることができるのか、私たちの中でも結論が出ませんでした。
井上:夕方に、集落にある商店の一つに行ったのですが、その商店の品揃えは、私たちがいつも利用しているコンビニとはまったく違い、普段の生活とのギャップを感じました。その点で秋名地区では、そこで商いが営まれていること自体に価値があり、そこで何が売られているかはさほど重要ではないのだと感じました。
家の近くに夜遅くまで開いているコンビニがあるようなところで当たり前に生活している私たちとは、便利さの感覚がまったく違うのです。
私の担当するふるさと納税事業では最近、自治体の方と一緒に返礼品の開発を行う機会も増えてきています。そうしたときに、こちらの価値観を押し付けるのではなく、その土地らしさを大事にして介在していきたいと思いました。
<2日目 伝統の稲作・農作業実習>
加藤:稲作体験といえば「収獲作業」をイメージして意気込んでいたのですが、我々が体験した「あぜ作り」は土壌の基本を作る非常に重要な作業でした。当日は台風の影響で雨にも見舞われたため、水分を含んだ土はとても重たく、若手である我々でも腰が痛くなるほどの重労働でしたが、普段は代表の小池さんはじめ、数人のメンバーで本業の傍らこの活動を行っていると伺い、皆様の熱い情熱に感銘を受けました。
普段は少数の人手であることから、通常は何時間もかかる作業であるとのことでしたが、当日は我々の人手とスピードもあり、約1時間でなんとか完了させることができました。
追加依頼をもらい、予定よりも多くの作業を行うことができたため、小池さん方にも喜んでいただけて、短期間でも地域の方の一助になることが出来てとても嬉しかったです。
写真に写るきれいな田んぼの風景とは別に、実際は手のつけられていない耕作放棄地もたくさんあり、このような現状は現地に訪れたからこそ理解することができました。
教科書やネットに掲載されている視覚情報だけでなく、実際に五感を通じて現地の理解を深める体験は「地域創生」を考えるために必要な経験だと改めて感じました。
<3日目 世界自然遺産のマングローブの森>
濱崎:観光客としてマングローブの森を訪れていたら、壮大な景色できれいだなと思って終わったと思います。でも参加前に白畑さん(注釈:マングローブの森を案内してくださったアマニコ(株式会社結人)の白畑さん)とお話しして、ここを守っていきたいという強い思いがあることを知りました。
都心で生活していると、このエリアの自然を守りたい、という思いはあまり出てこないと思います。ですが、白畑さんはそうではなく、何世代先にもこの景色を届けるために守り抜いていきたいという思いを持っていたのです。それを事前に聞いていたからこそ、森を散策していても「だからこんなにきれいに保たれているんだ」と伝わってきました。
また、白畑さんのお話では「とにかくこの仕事楽しいんですよね」とおっしゃっていたことも印象的でした。これは奄美での3日間を通して、出会った方皆さんがおっしゃっていた言葉でもあります。
金澤:奄美大島で出会った皆さんは「本物」との出会いに心揺さぶられ、活動のモチベーションを生み出していました。「本物」を守りたいとか、この景色を伝承していきたいとか、いずれもシンプルだけれどわかりやすくて、「なぜ奄美大島に移住して、モチベーション高く心を燃やして活動しているのか」という個人的なテーマに対する答えとしても腑に落ちました。
東京に住んでいる私たちは、膨大な量の情報をさまざまなメディアから受け取っていますが、自分のコアの部分で感動する機会や情報は意外と少ないと思います。
「本物」に出会い、目や手で触れることでこれだけ心燃やして一つのことに取り組むほどのモチベーションを得られるんだと思い、それはすごく尊いことだと感じました。
今JALUXではイノベーションや新規事業の機運が高まっていますが、本気でやりたいとか、ちょっと意地になってでもやり続けるんだという、野心に近いような感覚がないと、イノベーションや新規事業を立ち上げ、成長させていくのは難しいのではないでしょうか。
私はこれまで、例えば市場調査をして情報を収集・分析して打ち合わせを重ねて検討していくというような、いわゆる会議室ベースの会話や準備が大事なのかなと思っていましたが、
意外と、こうしたきわめて感情的で人間的な感覚も、ビジネスにおいても必要なのだと感じました。
白畑さんは目を輝かせて「この景色を守る」という話をされていました。10代のころに惚れ込んだものを大切にして、長年にわたって活動し続けているということは、私たちが今後ビジネスを起こしていく上でも、キーになる感覚なのではないかと思います。
(3)「地域」、「地域創生」について考えること
報告会のファシリテーターを務めた、研修企画担当者で経営企画部イノベーション推進課主任の安部大二郎さんが、研修参加者の5人に「地域創生への考えはどう変わりましたか。地域との距離感は近づきましたか、それとも遠ざかりましたか?」と問いかけました。
山口:研修前は、ただ人流を増やして経済効果をもたらせばいいと単純に考えていました。しかし、やはりその地域に住む方々の想いや願いを形にしてこそ本当の意味での地域創生なのかなと感じています。
加藤:正直なところ、地域創生はある意味、自分とすごく離れたものだなと感じたところがあります。
以前は、地域に何かをすれば地域創生だよねと、簡単に思っていたところがあります。しかし今回、田植えなどを実際に体験してみて「そんな簡単なものじゃないのかもしれない」と無力感を覚え、地域創生を遠く感じてしまいました。
ただ、E’more秋名の村上さんに「簡単なものからでも地域創生と言う」とおっしゃっていただき、私もできることから地域創生をやっていきたいなと思いました。
井上:地域との距離感が、私はちょっと遠ざかったなと感じました。
これまで単純に考えていたけれど、そうではない、もっと踏み込んで考えなければいけないなと感じました。じゃあそれをどういう形にしようかと考えて、立ち止まってしまったというのが正直な感想です。
ふるさと納税の事業で、旅という返礼品を開発すると、そこに行く人流が促進できますが、ただ送客すれば地域が活性化するわけではありません。受け入れる側の環境が整っていなければ迷惑になってしまうので、それを常に考えておく必要があります。
地域の現状はこちらにいるだけではわからないことも多いと思うので、どう情報を収集するかも考えながら業務に向き合っていきたいです。
金澤:地域との距離感は、近くもなっていないし、遠くもなっていないと思います。ただ、距離がはっきりしたなと思っています。
濱崎:私は、地域創生との距離が近くなったと思っています。
食品企画営業課の事業で言うと、百貨店のカタログ向けに地方の有名な特産物を仕入れ、バイヤーにおすすめして採用される、それが地域創生だと思っていた部分もあります。でも、そんな簡単な話ではありませんでした。
ただ今回は、G-netさんや村上さんをはじめ、地域創生に対して本気で向き合っている方々が多くいることを知る機会になりました。
また、5人で行って、5人がそれぞれ違う思いを持って帰ってきたことが刺激になりました。今回をきっかけに、いろいろな意見交換ができました。
(4)ネクストアクション
加藤:そこに住んでいる方々が困っていること、思っていることは、やはり現地に行かないとわからないと思いました。それを学ぶためにも、出張などで積極的に外に行かせていただけたらなと思います。
金澤:今回のような、自分たちの枠から外れるような研修を継続して、それを体感した人が会社の中で増えていけば、それが組織の文化になっていくと思います。
ただこの研修が続いていくかどうかは、今回参加した私たちを見て会社が判断することになるはずです。だから、私たちはまず研修で感じたことを素直に伝える役割を担うべきだと思います。
そして、越境学習はホームとアウェイを行き来して行うものですが、やはりホームの方を頑張ってこそのものだと思うので、本業も引き続き頑張っていきたいです。
これからどうしていくのかは、会社みんなで考え共創しながら、歩みを止めずに取り組み続けていければと思います。
山口:私自身、7月からふるさと納税課に異動して、地域創生についてイメージがはっきりしていない中での研修参加となりましたが、島の方々のお話を直接聞くことで、地域創生についての理解が深まったような気がします。
その中で、地域の方々が抱える課題や想いに対して、私たちJALUXとして何ができるのかと考えるようになりました。
異動したばかりなので、課や部のこと、もっといえば他の部署のことも100%理解できているわけではないですが、それでも課題を抱えている方々に、私たちとして何が提案できるかということを大事にしていきたいと思いました。その上でまずは自社、そして自分を見つめることから始めていきたいなと思います。
井上:ふるさと納税課は、JALUXの中では自治体との関わりが一番多くあります。そのコネクションをうまく使いたいです。
一方で、何かを行うときに、自治体への先入観が邪魔をする場面も今後増えるのではないかと思います。ただそんなときは、社内で自治体と関わる機会があまりなさそうな、例えば航空機の部門の方々の新しい意見を聞くこともできるはずです。
ふるさと納税事業で自治体と関わっているコネクションをうまく使いながら全社的に何ができるか、今回以外にも発信の機会をいただいて、いろいろな方々の意見を取り入れながら考えられたらと思います。
3 まとめ 葛藤は大きな学びの証
参加者の皆さんは奄美大島でのフィールドワークの後、事業を立ち上げたり、新商品を開発したりというような、具体的な動きをしているわけではありません。
それまでの「地域」「地域創生」への考えやイメージが変わり、それをどう形にするのか、仕事に生かすのか、すぐに答えは見つからず、立ち止まって考える時間をとっているようです。
記事の冒頭にも述べましたが、越境学習とは「所属する組織の「枠」を超え、双方を行き来することで、視野が広がり、価値観の揺さぶりや葛藤を経て、知の探索や内省を深めること」。参加者の皆さんのこうした姿はまさに「視野が広がり、価値観の揺さぶりや葛藤を経て、知の探索や内省を深め」ているように見えます。
法政大学大学院の石山恒貴教授も『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』の中で、
「越境によって得た違和感や葛藤といったモヤモヤが、自分自身の生き方、働き方、あるいは自分の会社や仕事を変えていく原動力につながる」
「葛藤を味わい尽くすことが越境学習ならではの学びにつながります」
と述べています。
所属部署に戻って葛藤する研修生たちの姿は、こうした記述に照らしても、今回の研修で大きな学びがあったことを表しているようです。
報告会の最後には、参加者の5人に対して、経営管理本部長の森田さんがこんなエールを送りました。
森田:明日明後日のうちに、新しい事業を生んでくれと期待しているわけではありません。ただ、今回行ったという事実を忘れないでほしい。そして、二つほど意識してほしいことがあります。
一つは、常に新しいこと、新しい価値をつくることに対してアンテナを張ってほしい。そのうちにもしかしたらビビッときて、どうしてもやりたい案件ができるかもしれない。そのときは必ずチャレンジしてください。
もう一つは、そういうチャレンジをする人を見かけたら、皆さんはサポートをしてあげてください。今回参加したのは5名ですが、過去にこれまでにイノベーションに関わるプロジェクトに参画した人などを加えると数十人になります。これが社員500名のうち100名になると、何かやりたいと思ったときに、周りの5人に一人はサポートしてくれるかもしれない人になる。この状態になれば、加速度的に新しいことが生まれるのではないかと期待しています。
◯G-net代表 南田修司から一言
3日間の中で5名の皆さんが、今回のねらいを頭に置きながら、出会ったことをどんどん自分ごとにつなげていこうという姿勢が見て取れました。「地域創生推進部って、名前が変わっただけだと思って、よくわかっていなかったけれど、なんかわかってきた」「自分の経験や部署の仕事で、できることがないかずっと考えています」という言葉が印象的です。
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