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「地域創生って本当は何?」越境研修での学びを生み出すプログラムと、学びを生かす社内体制 | ふるさと兼業

「地域創生って本当は何?」越境研修での学びを生み出すプログラムと、学びを生かす社内体制

「地域創生って本当は何?」越境研修での学びを生み出すプログラムと、学びを生かす社内体制

「社員のリスキリングを進めたい」「イノベーション人材を育成したい」
そんな悩みを持つ企業の間で近年、「越境学習」が注目され始めています。
この「越境学習」、実際には学習者やその所属部署、企業にどんな影響があり、どのような成果が出ているのでしょうか。また、担当者が導入したいと思っても、社内から反対の声があるのではないか、「遊びに行っている」と白い目で見られそうだと気がかりな方もいらっしゃるかもしれません。

JALグループの商社機能を担う株式会社JALUX(ジャルックス)では、2024年7月に、奄美大島をフィールドに3泊4日の越境研修を実施。地域創生推進部の20代社員5名が参加しました。
なぜこの研修を実施したのでしょうか。そして実施にあたってどのように社内体制を整え、どのような効果を感じているのでしょうか。この研修の企画担当と、参加社員の上司にお話を伺いました。

≪お話を伺った方≫
〇研修企画担当
経営企画部長兼イノベーション推進課長 髙木哲也さん
経営企画部イノベーション推進課主任 安部大二郎さん
〇参加社員の上司
地域創生推進部長 津屋剛介さん

左から津屋さん、安部さん、髙木さん、G-net 南田修司、E’more秋名 村上裕希さん

研修の概要、研修参加者の声はこちらの記事で紹介しています。

 

イノベーション推進に火をつける策を
今回の研修企画の担当である経営企画部イノベーション推進課の安部大二郎さんは、2024年4月に同課に異動し、イノベーション推進プログラムを社内で実施したいと考えていたとき、同部に在籍する新規事業の担当者である川崎さんから「越境学習」を勧められました。
川崎さんは、2023年11月にNPO法人G-netが東京で開いた「越境学習マッチングフェア」に来場し、越境学習のことを知っていたのです。

JALUXでは2020年から、イノベーション推進を掲げて取り組んできました。コロナ禍で航空関連ビジネスは厳しい時期を経験。JALUXでも既存事業だけではなく、新しいことに取り組まなければいけないという「風が吹いた」のがその発端だと、経営企画部長兼イノベーション推進課長の髙木哲也さんは話します。

ただ、取り組みがスタートしてしばらくすると、コロナ禍から回復してきたこともあって既存事業が忙しくなり、そちらに注力する状況が続いていました。
その状況を変えるために考えられたのが、経営層、管理職層、現場担当者層のそれぞれに、並行して策を打つということです。

髙木:現場担当者だけに策を打っても、上司の理解度が低いと結局動けない。一方、上司がやりたいと言っても、担当者がついていかないと実現できないのです。
特に現場担当者層には、今までとは違う、ドラスティックなことをやりたいと思っていました。

まずは安部さんと川崎さんが越境研修の下見に行くことに。川崎さんが担当する新規事業で、奄美大島を拠点とする一般社団法人E’more秋名(いもーれあきな)代表の村上裕希さんと以前から関わっていた縁があり、今回は奄美大島をフィールドとすることにしました。

この下見での川崎さんの様子が、今回の研修を実施する決め手になったと髙木さんは話します。

髙木:新規事業を担当する川崎さん自身が非常に感銘を受けて、自分の担当している事業について、もう一度ブーストされたようでした。普段は斜に構えているところもある彼が「本当にやばかった」と熱をこめて話すのを聞いて、これはやる価値があるのではないかと思ったのです。
奄美で出会った方々が、人もいない、お金もないという逆境にあっても、自分の気づいた地域の課題に対して逃げずに前向きに真摯に取り組むスタンスに、川崎さんの社内起業家としてのスタンスとシンパシーを感じるところがあったのではないかと思っています。

学びを風化させない社内体制
越境研修では、研修から元の職場に戻った後、経験をどう生かすかということがポイントの一つになっています。
法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授による『越境学習入門  組織を強くする「冒険人材」の育て方』の中でも、このことについて「単純な所属組織への再適応は「越境先での学びの風化」ともいえるので、必ずしも歓迎すべきこととはいえません」と指摘されています。

今回は研修後に学びを「風化」させないことを重視し、参加者を一つの部署のメンバーに絞りました。

髙木:もともとは参加者の公募を想定していました。ただ、今はまだJALUXの中で、新しいビジネスをやっていこうという風土がそれほど醸成されていません。
例えば5部署から一人ずつ参加すると、参加者それぞれが感銘を受けても、部署に戻ったときに理解を得られず孤立することが想像されました。そうなれば、研修に参加した瞬間は火がつくけれど、戻ると消えてしまいます。

今回の参加者は地域創生推進部の5名としました。越境学習での越境先は地域とは限りませんが、地域創生推進部には、地域創生をテーマに新しい事業を生み出すというミッションがあり、越境学習との親和性があると考えたのです。5人は入社2〜7年目の20代社員で、上司が指名しました。

一つの部署から5人が同時に参加するということは、その間、既存事業の人手が減ることにもなります。地域創生推進部ではちょうど繁忙期でもありました。
それでも、髙木さんから越境研修実施の打診を受けた地域創生推進部部長の津屋剛介さんは、すぐに了承しました。

津屋:私としては断る理由はなかったです。ただ、一番気になったのは、同じ部で働く仲間たちがどう思うかということ。研修生が行く準備をしたり、帰ってきたりするときに、応援する側に回ってくれないとうまくいかないだろうと思いました。
そこで、研修の意義や、一部署から5人が参加する理由などを部員にしっかり伝えるようにしました。研修企画側からも説明してもらい、研修生自身も話をすることで、周りが冷ややかにならず、興味を持ってもらえるようにと考えました。


地域創生推進部としてのミッションを頭に置いて参加
今回の研修のねらいは、次のように定めました。

「地域創生推進部」として、真に地域課題解決に資するソリューション開発を目指すにあたり、地域現場の実態や課題とその課題に挑む実践者の姿勢やリーダーシップ、イノベーションマインドに出会い、個人そして会社(チーム)として目指すビジョンに対する解像度を高め、具体的なアクションや動き方を考える

1回の研修で、新規事業や商品開発など具体的な形として成果が出たり、新しいことに挑戦する会社の風土が醸成されたりするところまでを期待しているわけではありません。
とはいえ、「イノベーション人材を育てる」「刺激を受ける」というほど漠然とした期待しかないわけでもありません。

髙木:現在所属している部として抱えているミッションを頭の中に置いた状態で、それを意識したコンテンツにしてもらえるよう、G-netさんにお願いしました。

プログラムを組む上でのポイントの一つが、社内で「遊んできたと思われないようにしたい」という思いです。
そのため事前・事後の研修はもちろん、フィールドワーク中にもワークショップの時間を毎日1時間〜1時間半取り、個人での内省、グループでの共有やブラッシュアップを行って、学びのアウトプットまでできるようにしました。

そして奄美大島でのフィールドワーク当日には、参加者の5人に加え、髙木さん、安部さん、津屋さんも同行しました。

津屋:品川から離れて、1か所に集中し、5人が普段と違うジャンルのことをチームとしてやっている様子からは、熱量を感じました。

髙木:私は2日目の夕方に東京に帰ったのですが、帰り際に5人に「じゃあ楽しんで」と声をかけたら、「楽しんでる場合じゃないです」と言われたんです。その反応は意外でした。「遊んできた」と見られるリスクに敏感になっていたのでしょうね。

津屋:そういう中で行くから、より真剣になるところもありますね。

同行していたG-net代表の南田修司も、5人が「自分ごとにつなげていこう」「自分の経験や、部署の仕事でできることに結びつけよう」としているのを感じていました。

髙木:南田さんが、奄美との間をつないでくれていた気がします。グループワークなどでは、会話が止まったときに、さっと問いの投げかけをしてくださっていました。それも少し視点をずらした問いかけで、「さすがプロだな」と思って聞いていました。

「地域創生」に向き合い、悩む姿
研修後、参加者たちは部内、社内での報告会に参加。それ以外は、普段の業務に戻っています。
研修から戻った後の参加者たちは、どんな様子だったのでしょうか。

津屋:部の名称に掲げた「地域創生」とは、実際にはどういうことだろうというところにみんなが目を向け始めました。これまで考える機会もなかったと思いますが、そこに向き合って素直に逡巡し、そこにチャンスがあるのかにも向き合っています。
そんなに簡単に新しいビジネスなんて落ちていないし、もっとそうじゃないことをやったほうがいいんじゃないかとか、我々が東京にいて関与すべきものだろうかとか、深い悩みがたくさん出てきて、いったん立ち止まって考えている感じもあります。

もともと、すぐに成果を出すことを目的としていたわけではありません。それでも、研修での経験を自分の仕事と関連づけるような動きも見られるようになっているようです。

津屋:特にふるさと納税課のメンバーの業務内容は、他の課よりも今回の研修との親和性があります。今回の研修から派生してどんな動きができるか、参加者だけでなく、先輩たちや私もアイデアを出そうとしています。

行く前より今の方が視野が広くなっていますね。現場を見てお話を聞いたことで、地域の方と会話ができるようになったのも大きな収穫だと思います。

「今やっているビジネスに生かせないかな」「これって地域のためになるかな」「でも、”ためになる”って発想でいいんだっけ」、そんな風により深く地域のことを考えて、悩みを持ちながら生きているというのが、以前とはまったく違うことです。

一つの部署から5人が参加し、事前に部内への説明を丁寧に行っていたことが、部内への動きの広がりにつながっているようです。

津屋:いきなり成果を求めているわけではない分、今後、個人の成長やそれが及ぼす影響をしっかり追いかけていく必要はあると思います。

経験豊富な管理職だからこその学びも
さらに話を聞くと、実は奄美大島から戻ってすぐに変化が現れたのは、参加者の5人よりむしろ同行した二人の部長だったといいます。

安部:髙木さんがものすごく感化されて帰ってきたんです。戻ってきてからは、新しいことをやっていくことに対しての進め方が段違いに早いです。奄美に行ってから、すごく燃えているなと横で見ていて感じますね。


髙木:そうかな? 自分ではわからない。でも、奄美の皆さんが逆境やマイノリティの中で挑戦していることが、JALUXの中で新規事業がマイノリティだということと重なったところはあります。

逆境の中で稲作を続けている((一社)奄美稲作保存会の)小池弘章さんをはじめ、皆さんがなぜそれに取り組んでいるのか、ずっと気になっていました。そして現地に行ってみて、「そこに気づいちゃったから逃げないで向き合う」という姿勢は、よくわかると思ったのです。

そして、自分は会社の組織の中で、勝手に制約を作っていると気づきました。「骨組みから変えてしまえばいい」という人たちを見て「私は何を気にして遠慮していたのだろう」と思ったのです。
今は、新規事業を行う部署を新たな形の組織にできないか検討しています。

津屋:私は、行く前はどの様な効果が得られるか思い悩むこともありましたが、現地で村上さんや南田さんと話をして、もっと純粋な何かに触れた様な気がしました。普段の仕事では、規模を追いかけたり、数字的な結果を残そうとしたり、何かを仕掛けたり、ゼネラルな考え方をしているところがあります。でも奄美で、それとはちょっと違うものに触れました。これまであまり考えたことがなかったことです。

奄美で活動する方々が逆境の中で取り組んでいることに共感し、刺激を受けるという点でいえば、仕事で逆境に立たされる経験が多かったり、より大きな責任を持ってそれに向き合っていたりする管理職層の方が大きな影響があったのかもしれません。

また津屋さんは、上司である自身が同行していたことが、参加者が職場に戻っても遠慮せずに研修の話ができることにつながっていると感じているといいます。

体制を整えながら継続し、「ゼロイチ」の卵を増やしたい
今回は地域創生推進部を対象とし、地域創生に関わるミッションを設けました。ただ、今後さらにイノベーション人材育成につなげるためには、参加対象者を広げ、別のミッションを設けることも必要になりそうです。

髙木:今の時点で、続ける意味があるという手応えはあったと言えます。
ただ、今回は公募ではなかったので、参加者が本当に新しいことにチャレンジをしようという人かどうかはわからない中でやっていました。
本当にやりたいことは、ゼロイチをつくっていく、ゼロイチの卵のような人をたくさんつくっていくことです。だから、次は公募でやってみたいのです。

ただ、ばらばらの部署から参加すると、部署に戻った後に学びを生かす行動を一人で起こすことになる部分があります。

髙木:部署に戻って火が消えたり、嫌になってやめてしまったりするようなことは避けなければいけません。越境学習経験者が集う場をつくるとか、公募をするにも部署を絞るとか、何か策を考える必要があります。

津屋:受け入れ側の体制も必要ですね。上司が温かく見守って背中を押してあげたり、参加していない人たちにも興味を持ってもらえるような活動を行うと、広がりが出てくると思います。

髙木:イノベーション推進に積極的でない上司の下では、メンバーが公募で手をあげても、なかなかそうした受け入れ体制が取られないかもしれません。でも公募という形を取らないと、いつまでもチャンスがなく閉塞感を与えかねません。やはりそこは我々が、手を挙げた社員の所属部署の課長や部長に、丁寧に話をしていくしかないと思います。上司と部下が一緒に研修に行くのも一つの方法でしょうね。

管理職レイヤーで、イノベーションに興味のある仲間を増やしていく。そして現場担当者にも継続して越境の経験をしてもらい、社員約500人のうち1割くらいの人が越境学習などに触れれば、「越境アルムナイ」として無視できない存在になる。「遊んできた」と言われていても、10人に一人が遊んできたなら、もう遊びじゃない、むしろ行ってない方がダサいという雰囲気になるかもしれない。そうすると地殻変動が起こるのではないかと思っています。

JALUXでの越境研修は、イノベーション推進を目指して導入されたものではありますが、すぐには具体的な成果を求めないという方針が貫かれています。今回は地域創生に関するミッションを掲げ、関連する部署に所属する若手社員5人が参加しましたが、一つの部からまとまって参加したというだけでなく、研修の前後に部内で丁寧に説明したり、上司も研修に同行したりと、学びを風化させないような手厚い体制が整えられていました。
参加者は安心して研修での学びを部署で発言でき、周りを巻き込みながら次の行動へとつなげることができているようです。

◯G-net代表 南田修司から一言
「ここは、本当に同じ時間が流れているのかな?」そんな言葉が越境中にこぼれてきた今回の研修。普段とは異なる価値観、考え方との出会いや、目の前に迫るリアルな社会課題、地域課題の実感、そして、解決のために挑み続ける人との関わりの中で、さまざまな気付きや問いが生まれてきていました。ひとりひとりの気付きをチームの気付きに、チームの気付きを組織の気付きに。そういう連鎖が、ここから始まっていくのがとても楽しみです。

(インタビュー・文・撮影/青木遥)