動かしきれていなかった地元産業ブランドと自社ブランドを、兼業人材とともに再起動
2021年01月06日(水)
目の前にある、自社の課題を解決する。その方法のひとつとして、「兼業人材の活用」が注目されています。今回ご紹介するのは、「鋳物のまち」桑名で3代続く鋳物メーカー・有限会社伊藤鉉鋳工所の事例です。会社経営者として、地元産業を支える職人として、どのようにして「鋳物」の未来を切り拓いていくか。そんな大きな課題を乗り越える第一歩を、3人の兼業・プロボノ人材、コーディネーターとともに踏み出しました。
■企業名:有限会社伊藤鉉鋳工所
■業種:鋳造業
■事業の種類:メインはtoBで小ロット・多種類の産業用鋳物部品製造
近年はtoC向けの商品を企画、製造、販売
■企業規模:売上9500万・資本金300万・従業員数9名
■他社へのおすすめ度合い(10点中★点)
・外部人材活用全体に対して…★★★★★★★★☆☆
・事業開発に関して…★★★★★★★★★★
・組織開発に関して…★★★★★★★★☆☆
■外部人材の受け入れ経験:無し
■兼業PJの業務内容:toC向け新商品の企画、マーケティング
■受入れフェーズ:試行錯誤する人は社長しかいない/自社内にスキルを持つ人材がいない
■企業の抱えている課題
①分野:新規事業・商品開発・広報/ブランディング
②課題:知識/ノウハウ不足・専任担当者の不在・経営者の壁打ち人材が不在
■企業HP:http://ito-gen.jp/
「鋳物といえば、東の川口、西の桑名」とたたえられるほど、鋳造業が盛んなまち・桑名。伊藤鉉鋳工所は桑名で長年にわたり、鋳造業を営んできました。創業から現在まで製法をほぼ変えず、職人による手込み造型にこだわってきたのが特徴です。これにより、小ロット、短納期の注文にも対応可能に。レスポンスの速さにも定評があります。また、後進の育成にも力を注いでおり、高い技術を持った職人集団として知られています。
こう言葉をならべると、課題など見当たらないのではと思われるかもしれません。ですが、そんなことはもちろんなく。代表を務める伊藤允一さんは、「自社カラーが打ち出しきれていないのが弱点」と語ります。
▲代表の伊藤允一さん(有限会社伊藤鉉鋳工所の社屋兼工房前)
伊藤さん「製造業として、顧客の要望に確実に応えるのが第一。ですが、それだけだと下請け業の域を脱しません。伊藤鉉鋳工所ならではといえるものをつくりたいと、数年前に開発したのが『ハードスタイルケトルベル』です。売り上げも伸びていて、自社製品開発の手応えを感じました。ただ、これに続く次の一手を見つけられないままでもあったのです」
▲ “重い”と敬遠されがちな鋳物の特質を逆に活かして開発されたトレーニング器具「ハードスタイルケトルベル」
一方「鋳物のまち」桑名としても、課題を抱えていました。桑名の鋳物をもっと多くの人に知ってもらいたいとの思いから、桑名市・桑名商工会議所・三重県鋳物工業協同組合が合同してオリジナルブランド「くわな鋳物」を立ち上げました。しかし、鋳物業界を取り巻く環境の厳しさも相まって、名前だけが独り歩きしている状態に…。
伊藤鉉鋳工所は「くわな鋳物」が立ち上げられた後に、三重県鋳物工業協同組合に加入。その現状を目にした伊藤さんは、「これではいけない」と、すでに商品開発にこぎつけていた「ハードスタイルケトルベル」なども活用しながら、ひとりで「くわな鋳物」のPR活動を続けてきました。
ですが、やがてひとりでのがんばりに限界を感じ始めます。ブランディングやデザインなどを専門とする人たちに仕事を依頼するか、これまでどおり地道にひとりでがんばっていくか。考えあぐねている中、耳にしたのが「兼業人材を活用する方法」でした。
伊藤さん「最初はどんな関わり方になるのか想像できませんでした。ですがNPO法人G-netのセミナーに参加して、メリットなどを知るうちに『これはすごくいい方法なんじゃないか』と思うようになったんです」
伊藤さんが特に惹かれたのは、兼業人材が「興味関心」を持って課題解決に臨んでくれる点。社員ではないけれど、会社の一員のように内部に入って、専門スキルを生かしながら課題解決に力を注いでくれる。その熱量の高さは、伊藤さんにとって大きな可能性を感じさせるものでした。
そして「くわな鋳物」のブランディング、新商品の開発を目標とするプロジェクトを発足。多数寄せられた応募の中から、プロダクトデザイナー、ウェブマーケターの兼業人材、中小企業診断士の資格を持つプロボノ人材、そしてプロジェクトをサポートするコーディネーターとともに、2019年11月よりプロジェクトを始動しました。
プロジェクトのゴールに掲げたのは、新商品の試作品製作と展示会での発表です。期間は4ヶ月。新商品を開発するには、かなりのスピード感が求められます。月1回のオンラインミーティングと、コミュニケーションツールでのメッセージのやりとりをベースに進行しました。
まず鋳物に関する知識を深めながら、ケトルベルの市場調査を実施。調査結果をもとに、アプローチする分野を定めていきました。検討の結果、分野は「健康」に決定。足裏を刺激する鋳物青竹踏みの開発に着手しました。
▲ブランディングに入る前に“鋳造の現場を肌で感じてほしい”と工場見学を実施
伊藤さん「当社が大事にしているのは、自分が面白い・好きだと思う気持ち。もともと、ケトルベルを開発したのも、私がトレーニング好きってところがスタートだったんです。新しい人が入れば、新しい価値観に触れられますし、良い意味で鋳物の常識にとらわれない発想をいろいろといただけました」
▲メンバーはそれぞれ複数種類の青竹踏みを購入。企画に活かすため、定例ミーティングにて1ヶ月間の使用感を共有
マーケターが中心となりSWOT分析などを用いて事業戦略も立案。商品の試作品製作は、デザイナーの発案で鋳型を3Dプリンターで内製することで、鋳型製作のコストカットをかなえました。そしていよいよ、展示会でのお披露目です。展示会では、バイヤーの評価も収集しました。
プロジェクトを通じて、最初に感じた「興味関心を持って課題解決に臨む」兼業人材の魅力を直接肌で感じられたといいます。例えば外部リソースに仕事を依頼する場合、どうしても成果ばかりを求めてしまいます。成果を求めること自体は間違いではないものの、少しだけドライにも感じます。兼業人材は、会社の内部には入り込むけれど、組織図に組み込まれない。フラットな関係のもとで、同じ課題に向かって挑んでいける心強さがあったそうです。
伊藤さん「興味関心をもってプロの立場で関わってくださる人たちに、すごく刺激をもらいました。皆さんスキルが高くて、パワフルで、プロジェクトを進めている間は、むしろ私が皆さんに置いていかれないように必死でした(笑)。と同時に、プロの人たちを束ねる役割の大切さも身を持って感じました。私を含め、その道のプロとされる人は、個性の塊みたいなものですから、放っておけば個性どうしがぶつかってしまう。特にオンラインでのやりとりは、相手の空気感などが分かりづらくなるぶん、慣れている人のアシストが不可欠だと思います」
今回のプロジェクトでは、G-net職員・錦見さんがコーディネーターの立場から全体のアシスト役を担当。オンラインミーティングの進行はもちろん、細かな連絡や進行状況のチェックなど、さまざまなサポートを通じてプロジェクト全体を支えてきました。取材の中で、伊藤さんはしきりに「錦見さんがいなかったらどうなっていたことかと思います」と繰り返していました。
設定していたゴール自体は達成できたものの、「終わってみると『あともう少し、先のゴールまで行けたのでは』と思いました」と少しだけ悔しさをにじませる伊藤さん。「皆さんと濃い時間が過ごせたことで、欲が出てしまったんですね」とほほ笑み、さらに「兼業人材を十二分に活用していくためにも、企業側の軸足が強くないといけないと痛感しました」と続けます。
伊藤さん「ブランド化はワンアイテムつくって終わりではなく、その先も続けていって初めて価値が出てくるもの。例えば今回のプロジェクトを足がかりに、『くわな鋳物』のブランディングを兼業人材とともに展開していくとするなら、1社単独ではなく、鋳物組合に所属する複数の企業と一緒になって進めるほうが適しているのでは、と思います。それだけ、やるべきことが多いのですから。これに気づけたのも大きな収穫ですね」
ちなみに、プロジェクトの中で誕生した、新商品はその後どうなったのかというと、プロジェクト終了後、デザイナーが継続して関わり、商品の製造・販売にこぎつけたそうです。
▲ 製造・販売に際してはクラウドファンディングを活用。見事目標を達成しました
プロジェクトが終わったら終わり、ではなくその先も関係を続けられるのもまた、魅力のひとつといえます。何より、兼業人材の活用という新しい方法で駆け抜けた4ヶ月間はとても濃く、学びの多いひとときだったといえるでしょう。
■人材の条件
・関わり方:兼業、プロボノ
・頻度:週1回程度のMTG(オンライン)
・商品企画には鋳物製造現場の温度感を知ってもらいたいという経営者の強い想いで、開始時に工場見学を実施。
・必須条件や歓迎条件があれば記入
■必須条件や歓迎条件:
・歓迎条件は、プロダクトデザイン経験がある方、マーケティング経験がある方
■兼業者の経歴
A)フリーランスのプロダクトデザイナー
B)フリーランスのマーケター
C)大手企業社員で中小企業診断士の有資格者
■結果
・定性目標に対しての結果
業界や社内に、共に試行錯誤する同志がほしかった。そういう意味では、プロジェクトメンバーと出会えたことがまず大きな価値。自分がやりたいことを発信すれば同志はできると気づき、情報発信を工夫するようになった。組織運営において外部人材活用も選択肢のひとつとして考え、今後事業を進めて行く。
・定量目標に対しての結果
プロジェクト3か月期間中は、目標としていた試作品の展示会出品まで達成できた。その後、兼業で入ってくれたプロダクトデザイナーと仕事を続け、現在、商品化が実現しtoC販売を開始している。すでに売上も立っており、満足している。
■コーディネーターの役割
外部人材マネジメントノウハウを伊藤さんにお伝えしました。個で活躍できるスキルを持つ人材が「チーム」となることで更なる高見を目指せるので、チームビルディングの他、必要と感じたときはファシリなども実施。仮説と想いのある経営者だったので、人材に正確に伝わるよう翻訳者としてその場にいるよう心がけていました。
※「平成31年度中部地域における地域中小企業・小規模事業者の人材確保支援等事業(次世代コア人材)」によりプロジェクト支援を実施
最新記事
カテゴリーを選ぶ
過去記事
-
2024年
-
2023年
-
2022年
-
2021年
-
2020年
-
2019年
-
2018年